持株会社の税務戦略
はじめに
一般に、子会社株式の保有および運用を目的とする会社を持株会社(ホールディングカンパニー)といいます。国際企業においては、企業グループ全体の経営の効率化、複数の海外子会社の所有と管理の効率化、複数の事業に伴うリスクの分散と隔離など、事業上の観点から持株会社が設立されることが多いといえます。
これには純粋に子会社株式の保有と運用のみを目的とする場合のほか、たとえば、グループにおける一定の機能を集中させ、子会社の統括機能を営むことを目的とする場合、知的財産に関する機能を集中させ、ライセンスの管理と運営を行うことを目的とする場合など、様々なバリエーションが考えられます。ここでは、これらをすべて含めた広い意味で「持株会社」と呼ぶこととします。
この持株会社の拠点を選択するに当たっては、法的なインフラ、地理上の観点、人的資源、外資に対する規制など、様々な考慮要素があり得ますが、企業グループ全体のキャッシュフローという観点からは、税務上の要素を考慮することがあわせて重要になります。
税務上のメリット
企業が本国から直接投資するのではなく、海外の持株会社を通じて投資することの税務上のメリットとして、次のような点が挙げられます。
①海外で得られた収益について親会社の所在地国(本国)で課税されることなく再投資に充てられること(課税をブロックすることからblockerと呼ばれます)
②本国よりも有利な税制(一定の免税措置、低い税率など)が適用され得ること
③持株会社の所在地国が締結する租税条約のネットワークを利用することで、投資先(源泉地国)において課税の減免が受けられること
①の点につき、海外の投資先から得られる所得として、配当、利子、ロイヤルティ、サービス料等があり得るほか、株式の譲渡による収益(キャピタルゲイン)が得られることもあります。これらを親会社が直接受領する場合には直ちに本国で課税の対象となるのに対して、持株会社を通じて受領する場合には、基本的に本国では課税の対象とはなりません(ただし、後述の外国子会社合算税制が適用される場合を除きます。)。
②の点につき、持株会社が得た収益についてどのような課税がなされるかはその国内法によりますので、国によっては、一定の所得が課税の対象から除かれている(あるいは課税が繰り延べられる)場合があります。たとえば、キャピタルゲインを課税の対象にしない場合、一定の所得について国内に送金がなされるまで課税が繰り延べられる場合などがあります。課税がなされる場合でも、その一般的な税率は本国よりも低く、一定の場合にはさらに軽減税率の適用が受けられる可能性もあります。
③の点につき、源泉地国での課税について、本国が源泉地国との間で租税条約を締結していない場合、あるいは持株会社の所在地国が源泉地国との間で締結する租税条約の方がより有利な内容である場合、これが利用できることは大きなメリットとなります。
具体例として、日本から中国に投資する際、たとえば、香港の持株会社を経由することで、中国における源泉徴収課税を軽減することが可能となります。すなわち、日本から直接投資をすれば、その投資から得られる収益、たとえば配当には10%の源泉徴収がなされるのに対して、香港を通じた投資であればそれが5%に軽減されることになります。
拠点を選定する際の考慮要素
持株会社の拠点を選定する際には、税務上、次のような点を考慮することが重要です。
①持株会社が子会社から支払を受ける場合の源泉地国課税
②持株会社の所在地国の法人税制
③持株会社が親会社その他の関連会社に支払をする場合の源泉徴収課税
④持株会社が得た収益に関する本国の課税関係
①支払を受ける場合の源泉地国課税
子会社からは、持株会社に対して、配当、利子、ロイヤルティ、サービス料等の支払がなされることになります。その支払に対して源泉地国でどのような課税(典型的には源泉徴収)がなされるかを検討することになります。この際に特に重要なのは、源泉地国の国内法のほか、関係する租税条約(EU域内であれば、EU指令も含む)による課税の減免について検討することです。
この点、配当、利子、ロイヤルティについては、その支払の際に源泉地国で源泉徴収がなされることが多いといえます。もちろん、国内法によっては源泉徴収がなされないこともありますが、たとえ国内法上は源泉徴収がなされるとしても、租税条約によってその減免を受けられる可能性がありますので、その検討が重要となります。
また、サービス料等についても、国内法によっては、源泉地国で課税の対象とされる場合があります。これに対して、租税条約では、一般に、「PEなければ課税なし」と呼ばれる原則があり、サービス料等の事業所得に課税するためには、その国内に一定の事業基盤(PE)を有する必要がありますので、租税条約におけるPEの定義について検討することが重要となります。
さらに、持株会社が子会社株式を譲渡する場合、譲渡されたのが自国の法人であることを理由に、子会社の所在地国が源泉地国としてその譲渡益に課税する場合があります。この点、多くの租税条約では、株式の譲渡益については、譲渡人の居住地国に排他的な課税権が認められており、その場合、源泉地国における課税は否定されます。そこで、租税条約でいずれに課税権が認められるかを検討することが重要となります。
以上の例から明らかなように、租税条約によっては、源泉地国における課税関係が大きく異なる可能性があります。そこで、持株会社の拠点を選定するにあたっては、現在および将来の投資先となる源泉地国との間でどのような租税条約が締結されているかが一つの重要な考慮要素となります。
②持株会社の所在地国の法人税制
①とは逆に、持株会社が子会社から受領する所得(配当、利子、ロイヤルティ、サービス料など)および子会社株式の譲渡益について、その所在地国でどのような課税がなされるかを検討します。
この点、持株会社は、その性質上、子会社からの配当や(将来的には)子会社株式の譲渡によって投資の回収がなされます。そこで、これらがどのように課税の対象になるか(あるいは課税の対象から除かれるか)が特に重要になります。
たとえば、国内法によっては、一定の持株割合要件を満たした子会社からの配当や子会社株式の譲渡については、課税が免除されることがあります(資本参加免税)。
また、持株会社からは、子会社に対して、事業資金の貸付け、ライセンスの付与、グループ間サービスの提供等がなされます。これらの対価である利子、ロイヤルティ、サービス料等が課税の対象になるか、仮に課税の対象になるとして、これらの収入に対する費用控除がどのように認められ、課税所得に対してどのような税率が適用され、さらには課税の減免を受けるための特別措置があるかを検討することになります。
さらに、持株会社の場合、グループ間取引が多くなりますので、関連者間取引に対して特別に適用される制度の有無および適用要件について検討することも必要になります。
③支払をする場合の源泉徴収課税
持株会社からは、さらに本国における親会社その他の関連会社に対して、配当、利子、ロイヤルティ等の支払がなされます。その際に持株会社の所在地国でどのような源泉徴収がなされるかも重要な考慮要素となります。
この場合、国内法と租税条約の双方を検討することが必要です。すなわち、国内法における源泉徴収の有無について検討したうえで、関連する租税条約において課税の減免が受けられるかを検討することになります。
④本国の課税関係
持株会社を通じて得られた収益については、配当として本国の親会社に還流される場合もあれば、再投資に充てられる場合もあります。さらには、持株会社の株式自体を譲渡することで投資の回収がなされる場合もあります。これらの場合に、本国でどのような課税がなされるかについて考慮することも重要となります。以下では、日本の親会社を例として、本国の課税関係について検討します。
まず、配当については、持株会社を含めた一定の外国子会社からの配当は課税所得から除外されます(外国子会社配当益金不算入制度)。すなわち、25%以上の株式(または議決権)を6か月以上保有する外国子会社からの配当については、子会社の所在地国で配当が費用として控除されるものでない限り、配当所得の95%を課税所得から除外することが認められます。
なお、5%が課税所得に含まれるのは、課税されない配当所得に対応する費用について控除を否定して課税所得に含めるべきところ、これを個別に特定することが困難であるため、一律に配当所得の5%としたものです。
これに対して、持株会社の株式を譲渡する場合、その譲渡益についてはすべて課税の対象に含まれます。この点、子会社株式の譲渡益は配当と同様に課税所得から除外する国も多いといえますが、日本では、これらを区別して、配当のみを除外の対象とし、株式の譲渡益は除外の対象とはしていません。
そこで、持株会社の株式を譲渡する際には、可能な範囲であらかじめ配当をしておき、譲渡対価を低くおさえること(dividend stripping)もひとつの戦略となります。あるいは、持株会社のさらに持株会社を通じて間接的に持株会社の株式を譲渡することもひとつの戦略となります。
さらに、持株会社が配当をすると再投資に充てるとを問わず、その持株会社がいわゆる低税率国に設立されている場合には、外国子会社合算税制が適用される可能性があります。この制度が適用された場合、持株会社の所得が親会社の所得に合算されることになりますので、その適用の有無を検討することは特に重要です。
以下では、日本の外国子会社合算税制について詳細に検討します。
日本の外国子会社合算税制
日本の外国子会社合算税制(以下、単に「合算税制」といいます。)は、日本の居住者(内国法人)が直接または間接に50%超の支配関係を有する外国子会社が適用対象となり得ます。50%超の支配関係が認められる限り、直接の子会社のみならず、その子会社等を含みますので、持株会社のみならず、持株会社を通じて保有する子会社等も適用対象に含まれ得ることになります。
具体的に適用対象となるかは、以下で検討するとおり、その所在地国の税率、現地における事業活動の実態、子会社が受領する所得の性質など、様々な要素が考慮されます。また、制度の内容は毎年のように改正がなされていますので、注意が必要です*1。
<税率テスト>
子会社が所在地国で課される実効税率が30%以上の「高税率国」の場合、合算税制の適用除外となりますので、まずは実効税率が30%以上であるかどうかを検討します。
その上で、30%未満であっても、20%以上の「中税率国」の場合、20%未満の「低税率国」の場合と比べると、一定の要件を満たすことで適用除外が認められ、実際には多くの場合に適用除外が認められることになります。
ここでの一定の要件とは、特定の種類の会社に該当しないことであり、その会社には、いわゆるペーパーカンパニー(事業の場所を有しておらず、現地で実質的な経営もなされていない会社)、一定のブラックリストに指定された国(タックスヘイブン)に所在する会社のほか、いわゆるキャッシュボックスカンパニーが含まれます。
ここでのキャッシュボックスカンパニーとは、総資産に占める受動性所得の割合が30%を超えること(超過収益基準)および総資産に占める受動性資産の割合が50%を超えること(資産基準)の双方を満たす会社をいいます。
実効税率が20%以上であれば、これらのいずれにも該当しない限り、合算税制からの適用除外が認められます。
<経済活動テスト>
実効税率が20%未満の場合、さらに現地での子会社の事業活動が相応の経済的な実体を伴うものであることが求められます。すなわち、次の4基準をすべて満たすことが必要とされており、ひとつでも満たさない場合は、一定の配当所得を除き、子会社のすべての所得が親会社の所得に合算されることになります。
なお、重要な点として、外国子会社配当益金不算入制度との均衡で、持株会社がさらにその子会社から受領する配当所得については、合算対象の所得から除かれています。
①事業基準
子会社の主たる事業は能動的なものである必要があり、それが一定の列挙された受動的な事業に該当する場合、この基準を満たしません。
ここでの受動的な事業には、持株事業や知的財産管理事業などが含まれます。そこで、持株会社が子会社株式の保有および運営のほかに特段の事業を有しない場合、事業基準を満たさず、合算課税の対象とされることになります。
これに対して、持株会社がグループの統括機能を有する場合、たとえ主たる事業が持株事業であるとしても、なお事業基準を満たすとされています。
さらに、主たる事業が別にあると認められる場合、たとえば、国際取引(Global Trading)が主たる事業であり、子会社株式の保有はそれに付随するものといえる場合も、事業基準は満たされます。何が主たる事業であるかは、事業に従事する人員構成、資産構成、所得構成などが総合的に考慮されます。
なお、たとえ統括機能を有するとまではいえない持株会社でも、子会社からの配当については、いずれにしても合算税制の適用からは除かれます。それでも、将来、異なる所得(たとえば、子会社株式の譲渡所得)を得る可能性がありますので、その点の考慮も必要です。
②実体基準
子会社はその所在地国で実体を伴う経済活動をするものであること、具体的には、その事業活動に必要な場所(事務所等)を有するものであることが必要とされます。
③経営基準
子会社はその所在地国で実質的な経営がなされることが必要とされます。たとえば、その事業の意思決定に必要な人員を有しており、現地で実質的な意思決定がなされることが重要といえます。
④迂回防止基準
子会社の事業が特定の業種(金融業、卸売業、運送業など)である場合、迂回取引の中間法人として用いられることのないように、非関連者との取引が全体の50%以上であることが必要とされます。その他の業種である場合は、主たる事業活動の場所が所在地国の国内であることが必要とされます。
<所得テスト>
実効税率が20%未満の場合、全部合算の適用を免れるための経済活動テストをクリアしたとしても、なお一定の受動的な所得については、部分的な合算の対象とされます。部分合算の対象となり得る所得には、たとえば、利子、子会社以外からの配当、ロイヤルティなどが含まれます。
ただし、これらの所得でも、一定の場合には部分合算の対象から除かれますので、実際に部分合算の対象になるかどうかは、具体的な所得の内容に応じて検討することが必要になります。
たとえば、ロイヤルティについては、その対象となる知的財産が自ら開発されたものである場合、あるいは適正な対価で取得されて事業(持株事業や知的財産管理事業などの受動的な事業を除きます。)に供されている場合、部分合算の対象から除かれます。
そこで、持株会社がロイヤルティを受け取る場合、それが主たる事業を構成するものではないことに加えて、その支払の起因となる知的財産が自ら開発したものであること、あるいは適切な対価で取得したものであって、かつ、国際取引等の事業に供されるものであることを確保することが重要になります。
<総括>
以上を踏まえて、持株会社を設立する際には、その所在地国で課される税率について、30%以上の高課税国、20%以上30%未満の中課税国、20%未満の低課税国に分類することが有用であると思われます。
そのうえで、中課税国の場合には、特定の種類の会社(キャッシュボックスカンパニーなど)に該当しないように留意することが重要になります。
さらに、低課税国の場合には、より慎重な対策が必要となります。具体的には、経済活動テストの4つの基準をすべて満たすため、現地での事業活動が単なる受動的なものではなく、経済的な実体を伴う能動的なものであることの確保(たとえば、事業活動に必要な人員、物的設備等の確保)が重要になります。
なお、このような経済的な実体は、いずれにしても持株会社を通じた投資先である源泉地国で租税条約の適用を受けるためにも必要とされることがあります。
そのうえで、部分合算の対象となり得る所得について個別に検討することが重要になります。
まとめ
海外で事業を展開するにあたって、持株会社を活用することは事業上の観点からも税務上の観点から有利なことが多いといえます。その際には、具体的な事業の内容や投資先となる国も踏まえて、関係する各国でどのような課税関係が生じるかを分析し、企業グループ全体としての最適化を図ることが基本的な戦略です。
また、日本企業の場合、持株会社およびその子会社について、外国子会社合算税制の適用の有無を検討することも重要となります。
なお、持株会社の設立に適した国として、アジアではシンガポール、ヨーロッパではオランダが挙げられます。シンガポール持株会社の税務とオランダ持株会社の税務については、それぞれ別途詳細な検討をしていますので、そちらもあわせて参照してください。
*1 毎年度の税制改正につき、財務省ウエブサイト参照。
http://www.mof.go.jp/tax_policy/tax_reform/