シンガポール持株会社の税務戦略
はじめに
シンガポールは、アジアのビジネスハブとして、香港と並んで持株会社の拠点に選定されることが多いといえます。その利点として、整備された法制度、地理的な優位性、英語圏であること、アジアの金融センターとなっていることのほか、簡素で企業に優しい税制が採用されていることが挙げられます。
シンガポールで持株会社を設立するにあたっては、その税制について理解したうえで、適切な税務戦略を練ることが重要であるといえます。
税制の概要
シンガポールは、属地主義的な課税方式を採用する国の代表として取り上げられることが多いといえます。すなわち、シンガポールでは、居住者であると非居住者であるとを問わず、その所得が国内で生じたと認められる場合(国内源泉所得)に課税がなされます*1。
もっとも、ある所得が国外で生じたと認められる場合(国外源泉所得)でも、それが国内に送金された場合に限っては課税がなされるものとされており、その意味では、純粋な属地主義とは異なる要素も取り入れられています。それでも、国外配当所得や国外事業所得については、たとえ国内に送金されても一定の要件を満たせば免税となります。
このように、シンガポールでは、国外源泉所得が一般に課税の対象外とされていることに加えて、子会社株式の譲渡益(キャピタルゲイン)も、一般に課税の対象外とされています。また、課税対象となる所得があっても、それに適用される税率が比較的低く抑えられているほか、持株会社を通じて得られた収益を国外の親会社に配当する際に源泉徴収がなされないなど、持株会社にとって有利な税制が採用されています。
さらに、シンガポールでは、約80か国・地域との間で租税条約が締結されており、この数は日本よりも多くなっています。特にアジア・太平洋地域で投資をするうえでは、このネットワークを活用できることは大きいといえます。
以上のことから、シンガポールは、アジアで持株会社を設立するうえで最適な国の一つとして、海外投資の拠点に用いられることが多いといえます。
居住者と非居住者
シンガポールでは、居住者と非居住者を区別することなく、その国内源泉所得に課税がなされます。それでも、居住者と非居住者の区別が重要な意義を有する場合があります。
特に重要なのは、シンガポールが締結する租税条約は、基本的にはシンガポールの居住者にのみ適用されるということです。このことは、シンガポールを通じて海外に投資をする際に、投資先で課税の減免を受けるために重要となります。そのほか、国内法で提供されている一定の投資に対する課税の減免措置についても、基本的には居住者のみに適用されます。
シンガポールでは、法人には実質経営地基準が採用されており、居住者と認められるためには、その設立地や本店所在地にかかわらず、国内で実質的な経営がなされており、国内に経済活動の実体があると認められる必要があります*2。その判断に際しては、経営の実質的な意思決定(典型的には取締役会決議)が国内でなされているか、事業活動のための重要な人員が国内に居住しているか、事業活動のための場所(事務所)を国内に有しているかといった要素が考慮されます。
持株会社の場合、国内法や租税条約に基づく課税の減免について適用を受けるためには、このような経済的実体を確保することが重要になります。
ソースルール
課税の範囲をみるうえでは、居住者か非居住者かはそれほど重要ではなく、どのような場合にシンガポールの国内源泉所得に該当するかというソースルール*3が重要となります。
この点、事業所得については、経済実質的な観点から、所得が生じた原因がシンガポールにあるといえれば、広く国内源泉所得であると捉える立場が採用されています。すなわち、所得が生じた原因となる行為(の一部)が国内でなされたか、事業活動が国内の拠点を通じて行われたかなど、国内との関連性が広く判断されます。
そこで、国内に拠点を有する持株会社の場合、その活動から生じる事業所得(たとえば、子会社へのサービス料)については、それが国外にある別の拠点に直接帰属するものといえない限り、シンガポールの国内源泉所得に該当すると判断されます。
これに対して、利子、ロイヤルティといった受動的な所得については、基本的にはシンガポールの居住者(または国内のPE)から支払がなされる場合に、国内源泉所得であると認められます。
そこで、持株会社の場合、外国子会社から支払がなされる利子、ロイヤルティについては、それが持株会社の主たる事業活動から生じるものでなく、付随的な収入であると認められる限り、国外源泉所得として、一般に課税の対象外とされることになります(ただし、後述の国内送金ルールに留意が必要です。)。
国内送金ルール
シンガポールでは、国外源泉所得は一般に課税の対象とはされませんが、それが国内に送金された場合、課税の対象となり得ます。ここでいう送金には、金融機関等を通じて実際に送金がなされた場合のみならず、実質的な観点から、実際の送金がなくても経済的利益が国内で実現したとみられる場合(国内事業に関連する債務の支払に充当される場合、国内動産の購入費に充当される場合など)も含まれます。
ただし、重要な例外として、国外配当所得(外国法人からの配当)、国外事業所得(国外の支店を通じて得られた収益および国外の拠点を通じてなされた役務提供の対価)については、国内に送金された場合でも、次の3要件を満たすことで免税となります。
①源泉地国において課税されていること
②その法定税率が15%以上であること
③シンガポールの居住者が免税の利益を享受すること
そこで、シンガポールの持株会社が外国子会社から受け取る配当については、その子会社が現地で課税の対象とされ、その法定税率が15%以上であれば、たとえ国内に送金がなされた場合でも免税の適用を受けることができます。
さらに、実務では、二つのシンガポール法人を設立することで、外国子会社からの配当その他の国外源泉所得を無税で国内に還流することも行われています(後述参照)。
なお、免税の適用を受ける場合、その所得に関して国外で支払われた税額について外国税額控除の適用も受けられないことになります。このことから、配当所得に対して源泉地国で課される源泉徴収税額が大きく、かつ、持株会社が控除余裕枠を有する場合、あえて配当を課税所得に含めたうえで、外国税額控除の適用対象とすることもひとつの戦略となり得ます。
外国税額控除
シンガポールでは、属地主義的な課税方式が採用されていますが、国内送金された国外源泉所得には課税がなされますので、これに関して国外で課された税額については外国税額控除が認められます。また、国内源泉所得であっても、シンガポールが締結する租税条約で相手国に課税が認められている所得については、相手国で課された税額について外国税額控除が認められます。
この際、外国での税率が15%以上であることなど一定の要件を満たせば、所得別や国別の限度額計算ではなく、国外で支払われた税額について一括して限度額を計算することが認められています(FTC Pooling System)。
国外源泉所得の国内還流
内国法人から支払われる配当(国内配当所得)については、一律に免税とされています。これは、内国法人はシンガポールで法人税の課税対象とされていることから、法人段階課税と株主段階課税の経済的二重課税を排除することを目的としたものです(one-tier corporate taxation system)。これを利用することで、国外源泉所得を無税で国内に還流することが可能となっています。
たとえば、シンガポール法人Aがその子会社であるシンガポール法人Bを通じて国外源泉所得を得る場合、法人Bの国外銀行口座で送金を受ければ国内送金ルールは適用されません。そのうえで、国内配当所得の免税制度を利用して、法人Bから法人Aに配当をすることで、シンガポールで課税されることなく、法人Bの国外銀行口座から法人Aの国内銀行口座に送金をすることが可能となります。
ところで、シンガポールにおける税務行政の特徴のひとつとして、一定の政策目的を実現するため、行政上の措置(Administrative Concession)として、法令上は課税される所得にあえて課税しないことがあります(法律に基づく行政の原則に反するものとして、日本では一般に認められていません。)。その一例として、非居住者が国外源泉所得の国内送金を受けたとしても、国内の金融機関を保護するために国内送金ルールが適用されず、課税の対象とはされないことが挙げられます。
キャピタルゲイン
一定の資産の譲渡から生じる収益は、通常の所得(事業所得)とは区別され、課税の対象から除かれています。すなわち、資産の譲渡益は、それが事業活動から生じる所得(典型的には棚卸資産の譲渡から生じる所得)に該当しない限り、単なる資産の値上がり益(キャピタルゲイン)として課税所得には含まれません。
キャピタルゲインに該当するか事業所得に該当するかの区別については、下記のとおり、資産の保有期間の長短や取引の反復継続性など、様々な要素を考慮して総合的に判断されます。
ただし、持株会社の場合、子会社株式を譲渡して収益を得ることもあり、その際に課税がなされるとすれば問題が生じます。そこで、特に子会社株式の譲渡については、シンガポールにおける持株会社の設立を阻害しないようにするための政策的な観点から、より簡易な判定で課税の対象外とすることが認められています。
具体的には、「20%以上」の株式を「2年以上」保有するという要件を満たすことで、さらにキャピタルゲイン該当性を検討することなく、課税の対象外とすることが認められています。
<キャピタルゲインと事業所得の区分>
①譲渡される資産の性質
たとえば、譲渡される資産が特定物(不動産、機械装置など)であれば、その売買を事業の目的とするような場合を除き、キャピタルゲインに該当すると判断されやすいといえます。これに対して、消費財や工業製品などの一般的なものであれば、事業所得に該当すると判断されやすいといえます。
②資産の保有期間
保有期間が長ければ長いほど、キャピタルゲインに該当すると判断されやすいといえます。
③類似取引の反復継続性
頻繁に類似した取引がなされる場合、キャピタルゲインではなく、事業所得に該当すると判断されやすいといえます。
④付加価値
資産に何らかの加工等がなされて価値が付加されて譲渡される場合も、キャピタルゲインではなく、事業所得に該当すると判断されやすいといえます。
⑤資産の譲渡に至る経緯
たとえば、資産の譲渡に至ったのがやむを得ない事情に基づく場合(強制収用、急な資金繰りの必要性等)には、キャピタルゲインに該当すると判断されやすいといえます。
⑥資産を取得した目的
たとえば、長期保有を目的として資産を取得したと認められる場合には、キャピタルゲインに該当すると判断されやすいといえます。これに対して、転売によって利益を得る目的で資産を取得したと認められる場合には、事業所得に該当すると判断されやすいといえます。
⑦資金源
企業の財務状況にもよりますが、資産を取得する際、短期借入がなされた場合は、長期借入がなされた場合と比べて、事業所得に該当すると判断されやすくなります。
⑧その他
その他の考慮要素として、事業計画、会計区分、関連文書で示された企業の意図なども考慮されます。
法人税率
法人の課税所得に適用される一般的な税率は17%です。ただし、最初の30万ドルまでは一定の所得控除が認められる結果、実効税率はこれよりも低くなります。さらに、新設法人には一定の要件のもとで所得控除の枠が拡大され、実効税率はより低くなります。
また、国内の経済および技術発展を促進するため、産業ごとに特別の軽減税率あるいは免税の適用が受けられる措置(Tax Incentives)が設けられています*4。代表的なものとして、グループを統括する機能を有する統括会社(Headquarter)や国際取引の中心となる会社(Global Trader)については、特別に軽減された税率が適用されます。
これらの適用には、政府の関係機関の承認が必要ですが、承認がなされた際には、数年間にわたって大幅な税の減免を受けたうえで海外事業を展開することが可能となります。
源泉徴収課税
持株会社からは、国外の親会社その他の関連会社に対して、配当、利子、ロイヤルティ等の支払がなされます。その際、シンガポールで源泉徴収がなされるとすれば、それだけキャッシュフローが減少します。
この点、シンガポール法人が支払う配当については、国内法で源泉徴収の対象とはされていません(ただし、配当について費用として控除することも認められません)。そこで、日本のように配当を受ける側でも配当が課税所得から除かれる場合は、特段の税負担なく配当によって親会社に資金を還流することが可能となります。
これに対して、利子については、国内法上、原則として15%の源泉徴収の対象とされています(ただし、利子について費用として控除することが認められます。)。もっとも、利子のなかには、一定の政策目的から免税とされているものがあります。たとえば、シンガポール国内の金融機関を通じて募集される適格社債に係る利子は免税とされており、源泉徴収の対象からも除かれます。
また、租税条約によっても減免される可能性があります。たとえば、日本の親会社が受領する利子については、日星租税条約により、源泉徴収税率は10%に軽減されることになります。なお、配当と利子については、このように取扱いが大きく異なりますので、その区分が問題となることがあります(後述参照)。
さらに、ロイヤルティについては、国内法上、10%の源泉徴収の対象とされています。日星租税条約では、これが軽減されることはありませんが、その他の国に設立された関連法人がロイヤルティを受領する場合、その関連する租税条約によって減免が受けられる可能性もあります。
配当と利子の区分
企業グループにおいては、グループファイナンスとして、グループ間で資金の供給がなされることも多いといえます。その際、持株会社が他の関連会社に資金を供給する場合も、逆に他の関連会社から資金の供給を受ける場合も、資本と負債の複合的な性質を有する手段(いわゆるハイブリッドファイナンス)が用いられることがあります(たとえば、利益参加型社債)。
そのような複合的な性質を有するものから生じる所得が配当と利子のいずれに取り扱われるかは、シンガポールでは、法形式のみならず、実質に即して判断されます。その際、資金供給元における利益参加の程度、事業参加の程度、議決権の有無、元本償還の有無(償還期限の長短)、支払に対する権利性の有無、優先劣後関係などが総合的に考慮されます。
なお、持株会社が支払をする側の場合、これを受領する側の国における取扱いがどのようなものでも、この基準に照らしてシンガポールにおける取扱いが定められます。これに対して、持株会社が受領する側の場合には、その支払をする側の国(源泉地国)における取扱いも参照されることになります。
以上の基準に照らして、負債と判断された場合、受取利子については課税所得に含まれ、支払利子については費用控除が認められる一方で、シンガポールにおける源泉徴収の対象になります。
これに対して、資本と判断された場合、受取配当については免税所得となることが認められ、支払配当については費用控除が否定される一方で、源泉徴収の対象にはならないことになります。
日本の親会社における課税
シンガポールの持株会社から日本の親会社に支払われる配当については、シンガポールでは源泉徴収がなされないうえに、日本でも外国子会社配当益金不算入により、95%が課税所得から除外されます。したがって、特段、配当について日本での課税を検討する必要はないといえます。
これに対して、外国子会社合算税制については、その適用の有無を慎重に検討する必要があります。すなわち、シンガポールは法人税率が20%未満ですので、全部合算の対象とされないためには、持株会社がグループにおける統括機能その他の機能を有することが重要です。また、部分合算の適用対象とされないためには、持株会社が受領する所得の内容に応じて、個別に適用要件を検討することが重要です。
なお、日本の外国子会社合算税制の詳細については、こちらを参照してください。
まとめ
以上のとおり、シンガポールは、持株会社に有利な税制を有しており、これを上手に活用することでグループ全体の税負担を軽減することが可能となります。日本企業の場合、外国子会社合算税制について対策することが必要になりますが、アジアのビジネスハブとしての事業上のメリットに加えて、持株会社を活用することの税務上のメリットは大きく、アジア・太平洋地域に投資するにあたっての拠点として、シンガポールに持株会社を設立することのメリットは大きいといえます。
*1 シンガポールにおける課税の範囲については、課税当局(IRAS)のウエブサイトに詳しく掲載されています。
また、シンガポールにおける国際租税政策全般につき、下記参照。
https://www.iras.gov.sg/irashome/Quick-Links/International-Tax/
*2 租税条約の適用にあたっては、源泉地国において居住者証明書の発行が求められることが多いといえます。シンガポールでは、その発行に際しての要件が次のとおり定めれれています。
*3 シンガポール所得税法(Income Tax Act)12条参照。
*4 詳細については、IRASのウエブサイトを参照。