top of page

移転価格の税務戦略

はじめに

グループ間取引が多くなされる国際企業においては、移転価格の観点から、グループ間で適切に収益を配分することが重要となります。その際、各グループ法人が実際に果たしている機能を分析したうえで、その経済的実態に合致した収益の配分が求められます。

 

この点、一方の国では経済的な実態に着目して制度を適用するのに対して、他方の国では法的な契約関係に着目して制度を適用するとすれば、二重課税のリスクが高くなります。そこで、基本的な戦略として、グループ間取引にかかる契約関係と経済的実態を一致させることが重要となります。 

はじめに

グループ間取引と移転価格

国際企業においては、各国に展開するグループ法人がそれぞれ異なる機能を果たすことで、グループ全体として効率的に事業を遂行することができます。すなわち、一定の機能を集中させて経営の効率化を図るとともに経済規模のメリットを享受し、また、一定の機能を分散させることで低コスト化や業務の効率化を図ることが可能です。その際、グループが一体となって事業を遂行するうえでは、グループ間取引が不可欠となります。

グループ間取引については、どのような契約がなされるかで、各グループ法人が果たす機能が異なり、それに伴って帰属すべき収益も異なります。たとえば、グループが販売事業を展開する場合、グループを統括する法人(中核法人)を中心に、製造から販売に至るまでの一連の事業活動に必要な機能を各国のグループ法人が分担します。

 

具体的には、グループが販売する商品の製造にあたっては、労働コストや地理的な観点から選定された各国の製造子会社(あるいは外注先の第三者)が製造を担当します。その際、中核法人と製造子会社の間では、特許・ノウハウ等の取扱い、原材料・完成品の取扱い、製造管理・品質管理の取扱いなど、様々に異なる契約内容が考えられ、それに応じて、製造子会社等の果たす機能が異なることになります。

 

さらに、製造に必要となる原材料については、別のグループ法人が一括して調達を担当し、安価で仕入れた原材料を製造子会社等に供給することもあります。

 

また、製造された商品は、中核法人が一括して管理を行い、各国に展開する販売子会社(あるいは代理人等)を通じて販売がなされます。その際、中核法人と販売子会社との間でも、商標・ブランド等の取扱い、所有権・在庫管理の取扱い、顧客に対する責任の取扱いなど、様々に異なる内容の契約が考えられます。

 

その法形式としても、たとえば、販売委託(代理)の形式で、中核法人が所有権を移転せずに在庫リスクを負担したうえで、販売子会社には販売に応じた手数料が支払われることがあります。また、売買の形式で、販売子会社が商品を買い取って在庫リスクを負担したうえで、子会社が主体的に販売活動を展開することもあります。

 

このように、グループ間取引については、その契約内容によって各グループ法人が果たすべき機能が異なり、それに伴って帰属すべき収益も異なることになります。

 

この点、グループ間の契約は第三者間の契約と異なり、交渉を経ることなく任意にその内容を定めることができますので、その契約関係と実際に各グループ法人が果たす機能(経済的実態)が一致しないことが起こり得ます。その場合、契約関係に基づいて収益を配分するとすれば、本来は帰属すべき収益が適切に反映されていないとして、移転価格の問題が生じることになります。

グループ間取引と移転価格

経済的実態の重要性

グループ間取引において、恣意的な内容の契約で国外のグループ法人に収益を移転することが認められるとすれば、容易にBEPSの問題が生じます。そこで、OECD移転価格ガイドラインにおいても、適切な収益の配分にあたっては、経済的な観点から、収益の源泉となる価値が実質的に創出された場所に収益が帰属すべきとされています*1

 

具体的には、そのような価値は、グループ間の契約といった法律行為によって創出されるものではなく、実質を伴った経済活動によって創出されるものであり、かかる経済活動が実際になされる場所(機能が果たされる場所)に収益が帰属すべきとされます。

 

なかでも、企業が収益を得るための重要な要素として、事業における重要なリスク(たとえば、無形資産の開発にかかるリスク)がどのようにコントロールされているかが重視され、そのようなリスクが実質的に管理されている場所により多くの収益が配分されることになります。

そこで、適切な収益の配分にあたっては、各グループ法人が実際に果たしている機能を分析し、実質的なリスク管理機能の所在を検討することが重要となります。

 

この点、リスク管理機能を有するといえるためには、リスクに関する判断能力(知識、経験)および実質的な意思決定権を有することが必要であり、形式的な意思決定権とともに法的にリスクを引き受けるだけでは不十分とされます。

これにより、あるグループ法人が法的な観点からリスクを引き受ける場合であっても、実質的な観点からリスク管理機能を有していないとすれば、実際にリスク管理機能を有する他のグループ法人にそのリスクに見合った収益が配分されることになります。

たとえば、あるグループ法人が他のグループ法人に研究開発の委託をする場合、法的には委託者がその失敗リスクを引き受けるものであっても、機能分析の結果、その委託者にはリスク管理機能が伴わず、実際のリスク管理機能は受託者が果たしているとすれば、その成果物から生じる収益も受託者に配分されるべきことになります。

 

このように、グループ間取引においては、適切に機能分析を実施したうえで、かかる経済的実態を踏まえて収益を配分することが重要になります。以下では、機能分析を踏まえた適正な収益の配分について具体的に検討します。

経済的実態の重要性
1

製造子会社に対する収益の分配

製造子会社の機能がもっともシンプルな契約形態として、製造委託(toll manufacturing)があります。すなわち、原材料が中核法人から支給され、設備投資を含めた製造管理や品質管理も中核法人によってなされ、子会社は中核法人から指示された製造加工の作業のみに従事するものです。

 

これは実質的には労働力を提供するものであり、子会社にはその作業内容に応じた収益のみが帰属すべきことになります。なお、その前提として、中核法人が実際に製造や品質にかかるリスク管理機能を有することが必要です。

 

その対極として、子会社が製造ノウハウを保有し、自ら原材料を調達し、設備投資などの製造管理や品質管理をする製造販売(full-fledge manufacturing)の形態があります。この場合、その機能に見合った高い収益が子会社に帰属すべきことになります。

 

ここで問題となるのは、子会社が相応に重要な機能を果たすことから、同様に重要な機能を果たす中核法人との間でどのように収益を配分するかです。子会社が重要な機能を果たす場合、その所在地国では、より多くの収益を子会社に帰属させるための誘因が働きます。他方、中核法人の所在地国では、子会社は中核法人と比べると重要性が低いとして異なる立場をとるとすれば、二重課税のリスクが高まります。

 

そこで、そのようなリスクを避けるため、製造子会社には重要な機能を担わせるのではなく、その機能を可能な限りシンプルにすることもひとつの戦略となります。

 

なお、製造子会社は、製造コストを低減するため、より経済条件のよい地域、典型的には安価な労働力が利用できる地域に設立されることが一般といえます。この場合、グループは、その地域で低コストの恩恵を享受することになります(これをロケーションセービングといいます。)。

 

問題は、それによる超過収益をグループ間でどのように配分するかということです。この点、子会社の果たす機能に照らして、その恩恵が地域で一般に享受できる性質のものであれば、子会社に超過収益は帰属すべきではないとされます。

 

たとえば、子会社の機能が単なる製造委託であって実質的には労働力を提供するものとみられる場合、安価な労働力はその製造子会社のみならず、当該地域で一般に享受できる性質の恩恵といえますので、その超過利益は中核法人に配分されるべきことになります。

製造子会社に対する収益の分配

調達子会社に対する収益の分配

国際企業においては、製造子会社等が共通に使用する原材料等を一括して仕入れることで、経済規模の利益を活かしてコストの低減を図ることができます。これを効率的、かつ、効果的に実施するため、グループを代表して価格交渉等を実施し、仕入業務を専担する調達子会社が設立されることがあります。このような仕入業務は、通常、本業に付随するものであって付加価値の高いものとはいえませんが、仕入価格が収益の鍵となる場合(天然資源など)であれば、重要な機能となることもあります。

この点、一括して仕入れることで通常より安い価格で調達できるとすれば、それにより生じる超過収益を調達子会社と製造子会社のいずれに配分すべきかが問題となります。通常より安く仕入ができるのは、グループの経済規模の恩恵といえます(これをシナジーといいます。)。シナジーは企業が結合することで生じるものであり、グループ全体で享受するものといえますので、それによる超過収益をどのようにグループ間で配分するかは難しい問題です。

 

考え方としては、企業グループに属すること自体から生じるシナジーとグループ法人が協調行動を取ることから生じるシナジーに分けたうえで、後者から生じる超過収益については、かかる協調行動を取ったグループ法人に配分すべきとされます。

そこで、調達子会社が複数の製造子会社を一括して交渉することで通常より安い価格で仕入れができるのであれば、そのような価格交渉力(バーゲニングパワー)は製造子会社の協調行動によって生じるものであり、その超過収益は製造子会社に配分されるべきことになります。この場合、調達子会社には、その業務内容に応じた収益のみが帰属することになります。

調達子会社に対する収益の分配

販売子会社に対する収益の分配

販売子会社を通じて商品を販売する場合、通常、その子会社に期待される機能に応じて中核法人との間で契約がなされます。

 

子会社の機能がシンプルなものとして、商品を買い取ることなく、販売委託(代理)の形態が取られる場合があります。この場合、商品についての所有権は移転せず、販売子会社は在庫リスクを負担しません。このようにリスクの負担が少ない分、販売子会社には売買の形態よりも少ない収益が帰属するものとされます。

ただし、契約上、販売子会社が在庫リスクを負担しないとしても、所有者である中核法人が実際に在庫に係るリスク管理機能を果たしているかを分析することが重要です。その結果、実質的には子会社が在庫管理をしているのであれば、子会社には在庫リスクに対応した収益が追加で配分されるべきことになります。

 

逆に、売買の形態をとる場合でも、それが形式的なものであり、実質的には売主である中核法人が在庫管理をしているのであれば、子会社に配分された収益は過剰とされることになります。いずれの場合も、契約関係と経済的実態を一致させることが重要であるといえます。

 

また、販売子会社に期待される機能として、その地域で新規に市場を開拓し、ブランドを浸透させるといった積極的な営業活動が必要とされる場合があります。子会社による営業活動の結果、販売網や優良顧客を獲得し、ブランド力を高めることができ、それにより高い収益が得られるようになった場合、その超過収益をどのように配分するかが問題となります。

 

ここでも、子会社が実際に果たしている機能を分析することが重要です。たとえば、中核法人が営業戦略やブランド戦略を考案し、子会社はその個別具体的な指示に基づいて営業活動の実施のみを担当する場合、子会社が営業に関する重要な機能を果たしているとはいえず、超過収益の配分はなされないことになります。

 

これに対して、地域における営業戦略やブランド戦略に関するより広い裁量が子会社に委ねられており、その積極的な営業活動によって実際に市場を開拓し、その地域でのブランドを確立したといえるような場合、子会社は営業に関する重要な機能を果たすものであり、相応の超過収益が配分されるべきことになります。

 

ただし、中核法人も商品の供給やグループ全体のブランドを保有するなど、重要な機能を有しています。ここでも、子会社が重要な機能を有するほど、子会社の所在地国と中核法人の所在地国との間で立場に相違が生じることで、二重課税のリスクが高まります。

 

そこで、販売子会社についても、その機能を可能な限りシンプルにすることがひとつの戦略となります。

販売子会社に対する収益の分配
契約関係と経済的実態の一致

契約関係と経済的実態の一致

以上でみたとおり、グループ間取引では、契約関係に基づいて各グループ法人が果たすべき機能が定められるものの、それが実際に果たされている機能(経済的実態)と異なる場合、各国の課税当局が異なる立場をとることで、二重課税のリスクが高くなります。

 

すなわち、一方の課税当局が経済的実態に基づいて自国の法人に帰属すべき収益を上方修正するのに対して、他方の課税当局が法的な契約関係を重視してこれに対応する調整を認めないとすれば、二重課税は避けられません。

そこで、そのような移転価格リスクを軽減するためには、契約関係と経済的実態を一致させることが重要となります。そのためには、機能分析の結果を踏まえて、契約関係を経済的実態に合わせて見直すことが必要になります。

それとともに、グループ内における機能配分のあり方を見直し、移転価格を含めた税務上のあり方(サプライチェーンマネジメント)を最適化するために、その組織体制や人員体制を再編成(restructuring)すること(各グループ法人が果たすべき機能を再配分すること)も重要といえます。

再編成にあたっての留意点として、グループ間で機能を移転させること自体は対価の支払が必要なものではありませんが、それに何らかの無形資産の移転が伴う場合、その対価の支払が必要になります。たとえば、販売子会社が果たしている一定の機能を中核法人に移転する場合、取引先との契約関係や「のれん」といった無形資産の移転が伴うことがあります。

そこで、移転価格リスクを最小限にするためには、機能の移転に伴ってどのような無形資産が移転するかを事前に分析したうえで、適正な対価の支払について取決めをしておくことが重要といえます。

まとめ

移転価格における基本戦略は、適切に機能分析を実施したうえで、その機能に応じた適切な収益を配分することです。この際、収益を配分するための契約関係(契約当事者間の権利義務関係)と経済的実態(実際に契約当事者が果たしている機能)が一致しないとすれば、二重課税のリスクが高くなります。

 

そこで、契約関係と経済的実態をいかに一致させるかということが重要になります。そのためには、経済的実態にあわせて契約内容を見直すとともに、グループ内における機能配分を見直すことも重要といえます。

まとめ

*1 BEPS最終報告書の内容を反映させた最新のOECD移転価格ガイドラインにつき、下記参照。

http://www.oecd.org/tax/transfer-pricing/oecd-releases-latest-updates-to-the-transfer-pricing-guidelines-for-multinational-enterprises-and-tax-administrations.htm

(参考)BEPS最終報告書(移転価格税制関連)

Aligning Transfer Pricing Outcomes with Value Creation, Actions 8-10 - 2015 Final Reports

http://www.oecd.org/tax/aligning-transfer-pricing-outcomes-with-value-creation-actions-8-10-2015-final-reports-9789264241244-en.htm

脚注
bottom of page